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2017年8月28日月曜日

甘いお菓子と生存確認





久しぶりに会った友達がくれた手土産。

くまさんのイラストの黄色いパッケージから、くまさんの形のフィナンシェが出てきた。

一口づつ味わいながら、ぽつぽつと、昔のことを思い出す。




初めて会ったのは高校生のとき。

そのあと、ずっと音信不通だったのが、20代半ばで思わぬ再会をして、でも連絡先も交換しないままだったのに、さらにまた思わぬ場所で再開して、それからは、こうして数年おきに会っている。




改めて考えたことがなかったけれど、ご縁があるのだなあ。




私がビール好きなのを知っているから、自分はほとんど飲めないのに、今回も、ビールをおいしく飲めそうな場所をあれこれ探してくれて、そして私は、遠慮なくそれに乗っかる。




ランチを食べながら、ビールを飲みながら、お互いの好きなものについてたくさん話した。大笑いもした。




でも、過去のことや、未来のことは話さなかった。




いろんな夢を見て、それから、たくさんのものを手放しながら生きてきて、お互い、今にいる。




あの頃とは違う未来への不安と、そんな憂いなどなかったあの頃への懐かしさと。でも、それは口にせず。




この歳になると、たまに会うのは生存確認だよね、って笑う人と、またねと別れた。




優しい甘さの愛らしいくまさんのフィナンシェ。



ごちそうさま。





2017年5月15日月曜日

犀の角のように





大乗仏教の、できる限り他者を助けなさいという考え方が好きで、
だからいつも、人との関わりの中で自分にできることがあるなら、歓んでしたいと思っている。

でも、

ときに、ただ相手に都合よく使われ、磨り減ってしまうこともある。
と言って、自分の身を守ろうと、自分の利益になる関係だけを選ぶ、というのは違う。

いつも、この2つの間でゆらゆらしてきた。



『犀の角のようにただ独り歩め』

「ブッダのことば」第1章の「犀の角」で、修行者のあるべき姿を示しながら、繰り返されるフレーズ。
独り歩め、と言いながら、真理をわきまえ、高邁・明敏な友と交われ、とも言う。

一見矛盾があるように見えることばたちを噛みしめながら読んでいたとき、すっとどこからか聞こえてきた声があった。

「良き友のためにこそ、尽くしなさい」


私の力は些細なもの、時間は限られたもの。
身の丈を知れば、誰とどう過ごすべきなのか、自ずと見えてくるのかもしれない。

そして、

誰といても、私は私として、流されない、信頼できる自分であることが大切。
犀の角であれるように。


2017年4月23日日曜日

「何も心配しなくていい。」



「何も心配しなくていい。」

時々思い出す、安養寺のご住職の言葉。
今朝もふと思い出し、そしてその通りになった。
昨日の憂鬱の種が、洗い流されたように綺麗に取り除かれて。
必要なものはやってくる。そうでないものは去っていく。

寄り添ってくれる全ての人に感謝。



今日はその安養寺で、月1回のヨガの日。
多くはないけれどリピートしてくださる人が出てきて、ありがたい。



ヨガのあと、いつものように参加してくれたメンバー数人とモーニング。
何となく、同じ空気感の人が集まって、誰もが自然に、無理なくそこにいる感じ。

こういう時間を、積み重ねていきたい。


次回は5月14日。