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| 奈良県生駒市、宝山寺大黒堂前からの眺め。 |
月に1度、家族3人揃ってお参りするのが決まりだった。
日曜の朝、突然、母が今日はお参りに行くと宣言すると、のんびり休日を過ごすつもりだったはずの父も絶対逆らえず、必ず行くしかないのだった。
正直、楽しいお出かけではなかった。
寒くても暑くても、山の中腹に点々とあるお堂にお線香とお賽銭を備え、手を合わせながら、奥の院の先にある大黒堂まで登る。最後はお堂の周りを100回周るお百度を踏んで、ようやく帰路。
特に冬場は、今よりもっと寒かったから、手先足先が凍えて、本当に辛かった。
行き帰りに楽しい寄り道があるということもなく、特にお正月のお参りの時など、どちらかと言えば参道の屋台がメインらしい家族連れなどを、恨めしく眺めていた。
いつの頃からか、私は1人でお参りするようになり、父も他界して、それからもずいぶんと時間が経った。家族揃ってのお参りだけでなく、月に3回は通い、お堂のお手伝いまでしていた母も、自力で行けなくなって久しい。
私だけが、あの気乗りしなかった月1回のお参りを、誰に強制されるわけでもないのに、律儀に続けている。
それも、嬉々として。
今なら、なぜ母が月3度も通ったのかがよくわかる。
今日は久しぶりに大黒堂でお百度を踏んだ。
真言を唱えながら100回周る間、もう昔のように、早く終わればいいのに、とは思わない。
身体中の無駄な力が抜けて、お線香の香りが深く染み込んでいくのを味わいながら、大きなチカラに包まれる安心感の中で過ごす時間。
終われば何もかもニュートラルに戻っていて、ああまた来よう、そう思いながら山を下りる。
疲れたら、ただそこに行けばいい。
そんな場所を持てていることのありがたさを噛みしめ、そのご縁をくれた母にも、感謝を感じながら。

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